ようこそ、Happy Japan へ。
このサイトの入口にいる Happy Japan は、Japan.co.jp の心そのものです。日本は深い。でも、まずは笑顔で入ってきてほしい。その思いを形にした案内役です。
Japan.co.jp は、単なる日本紹介サイトではありません。これは、Brad Bartz という一人の起業家、実業家、発明家、そして著者が、人生を通して日本と出会い、恋をし、挑戦し、事業と作品を生み、そしてもう一度この国を世界へ届けようとする、長くて本物の物語です。
このサイトの入口にいる Happy Japan は、Japan.co.jp の心そのものです。日本は深い。でも、まずは笑顔で入ってきてほしい。その思いを形にした案内役です。
Japan.co.jp は、情報の棚ではなく、人生の流れの中から生まれたサイトです。短い言葉で、その気配を少しだけ置いてみます。
雲の上 日本へ向かう 恋はじまる
古き夢 いまの光で またひらく
長き路の すべて流れて 国ひとつ
Japan.co.jp の物語は、事業の話から始まるのではありません。もっと個人的で、もっと美しいところから始まります。Tomoko です。
1989年。Brad Bartz は Loyola Marymount University を出たあと、日本へ向かう飛行機に乗りました。その飛行機の中で、人生を変える出会いがありました。Tomoko です。
それは後から作られた物語ではなく、本当に起きたことでした。日本へ向かう旅の途中で、愛する人に出会ったのです。だから Brad にとって日本は、最初からただの外国ではありませんでした。日本は、夢の場所であり、挑戦の場所であり、そして愛の始まった場所でした。
Tomoko は、Brad の人生において“日本”そのものをもっと深く、もっと現実のものにしました。日本は憧れの対象ではなくなり、家族の記憶を持つ場所になったのです。Japan.co.jp の奥に流れているやさしさ、あたたかさ、どこかロマンチックな気配は、この真実の愛の物語から来ています。
Japan.co.jp は、日本を紹介するサイトである前に、Tomoko と Brad の本物のラブストーリーの延長線上にあるサイトです。
Tomoko と出会ったことで、日本は Brad にとって一気に人生の中心へ入ってきました。街の空気、ことば、礼儀、食、季節、鉄道、仕事の仕方。彼は日本を外から眺めるのではなく、内側から生き始めます。
日本には、細部の文化があります。静かな誠実さがあります。毎日の中に美意識があります。Brad はそこに強く惹かれました。そしてそれは、ただ日本が好きだったという話ではありません。日本と向き合う中で、自分の生き方まで深く形づくられていったのです。
Brad は、ただ商売のためだけに動く人ではありませんでした。日本へ来る前、彼はすでに nonprofit の活動をしていました。視覚障害者の方々に、電話での販売技術を教える活動です。
それはとても Brad らしい仕事でした。人の可能性を信じ、実際に役立つ技術を教え、仕事と誇りをつなぐこと。単なる理想論ではなく、現場で、人が自分の力で稼げるようにすること。その姿勢は、のちの起業家 Brad Bartz の原点でもあります。
そしてその仕事は、日本に来てからも続きました。四ツ谷の盲人センター・オブ・ジャパン(Mojin Center of Japan) で、彼は同じ思いを持って働きました。つまり Brad の日本での物語は、最初から“売ること”と“助けること”の両方を持っていたのです。
Brad を語るとき、起業家という言葉は飾りではありません。彼は本当に、ゼロからものを見つけ、作り、走らせてきた人です。恋をし、日本へ行き、現場で学び、人とつながり、事業を立ち上げ、また次の構想へ進む。その連続が、彼の人生です。
彼の起業家精神は、単にお金を稼ぐためのものではありません。世界にまだない形を見つけること。役に立つものを作ること。誰もまだ信じていない未来を、先に信じてしまうこと。Brad Bartz は、まさにそういう起業家です。
Brad Bartz は、肩書きとしての起業家ではなく、生き方そのものが起業家です。
日本に深く入り込んだ Brad は、やがて初期インターネット時代の最前線へ進みます。まだネットが一般化する前、日本のデジタル世界は立ち上がろうとしていました。多くの人が半信半疑だった時代に、Brad は未来を信じていました。
BBS、オンライン情報、デジタル出版、接続、検索、英語情報、国際的な情報の流れ。そうしたものがこれから大きくなると彼は見抜いていました。そして、日本のネット草創期の現場で、自分の手でその未来づくりに関わっていったのです。
Japan.co.jp の根には、この時代の火があります。インターネットがまだ若く、自由で、開拓者のものだった時代。何でも作れそうで、何でも試せた時代。その熱が、今のこのサイトの中にも確かに残っています。
その後 Brad は、アメリカで ABC Solar を築き上げます。太陽光発電、蓄電池、レジリエンス、現場施工、エネルギーの自立。ABC Solar は単なる会社ではなく、長年にわたって現実の暮らしをよりよくするために積み上げられてきた実業の結晶です。
ここでも Brad らしさは変わりません。現場を見ること。機能するものを作ること。口先だけでなく、実際に役立つこと。日本への愛と、アメリカでの現実的な事業づくりは、別々のものではなく、同じ人物の同じ精神から出ています。
細部にこだわり、長く使えるものを作り、理想を現場へ落とす。その姿勢は、どこか日本的でもあります。だから ABC Solar と Japan.co.jp は、一見違うようでいて、深いところでつながっています。
Brad の vision は、さらに先へ進みます。FRED(First Responder Ember Drone) は、山火事や飛び火という現実の脅威に向き合うための構想であり、発明であり、未来に対する答えです。
しかもこれは単なるアイデアではありません。特許へとつながる、本物の発明です。Brad は、危機を前にただ嘆く人ではありません。どうすれば守れるか、どうすれば先に動けるかを考え、仕組みにし、世の中へ出そうとする人です。
FRED は、防災と技術の話でありながら、実際の取り組みとして firenetting.com にもつながっています。Japan.co.jp と深く共通しているのは、“未来を信じて先に作る”という姿勢です。文化も、技術も、愛も、事業も、彼の中では同じ一本の線でつながっています。
Brad Bartz は、起業家であり実業家であるだけでなく、著者でもあります。日本、事業、歴史、エネルギー、人生観にまたがる数多くの文章や構想、作品群は、彼の発想の広さと継続力をよく表しています。
そうした著作やプロジェクトは、BradBartz.com でも見ることができます。Japan.co.jp は、その著作的世界観とも深くつながっています。つまりこのサイトは、単なる観光サイトではなく、一人の作り手が長年かけて積み上げてきた思想と経験の延長線上にあるのです。
Tomoko と出会い、日本に恋をし、ネットの未来を信じ、太陽光を広げ、FRED を生み、書き続け、そして Japan.co.jp をよみがえらせる。これは一つの人生の一直線の物語です。
そして今、Japan.co.jp は新しく立ち上がります。これは昔の資産を懐かしむためだけの復活ではありません。むしろ、長い人生の経験をすべて持ち込んで、日本をもう一度世界へ届け直すための再生です。
Tomoko との愛、日本での青春、盲人センターでの仕事、初期インターネットの情熱、ABC Solar の実務、FRED の未来志向、そして著作活動。その全部が、今の Japan.co.jp へ流れ込んでいます。だからこのサイトは、単なる旅行サイトよりずっと重く、ずっと深いのです。
ここでは、日本をランキングで薄く消費しません。街の温度、季節の空気、食の余韻、文化の細部、鉄道の美しさ、日常の礼儀、ことばの感触。そうしたものを、時間をかけて、未来の読者へ残していきます。
そして、この大きな物語の入口にいるのが Happy Japan mascot です。
なぜマスコットが大切なのか。それは、日本が深くて美しい国であると同時に、楽しくて、親しみやすくて、笑顔で入っていける国でもあるからです。Brad が本当に伝えたい日本は、堅苦しいだけの日本ではありません。ようこそ、と言ってくれる日本です。発見があり、遊び心があり、何度でも恋をしてしまう日本です。
Happy Japan mascot は、その入り口です。サイトの案内役であり、精神であり、笑顔です。
Japan.co.jp は、Tomoko から始まり、日本に恋をし、初期インターネットを駆け、ABC Solar を築き、FRED を生み、作品を書き、そして今ふたたび立ち上がる、Brad Bartz の人生そのものです。
Brad Bartz についてさらに詳しく知りたい方は、創業者ページをご覧ください。
メール: info@japan.co.jp
電話: +1-310-373-3169
このサイトの背景にあるのは、単なる編集計画ではありません。愛、日本、起業、技術、現場、著作、そしてもう一度この国の魅力を未来へ渡したいという意志です。だから Japan.co.jp は、情報を並べるだけでは終わりません。ここから、日本をもっと深く、もっと楽しく、もっと美しく届けていきます。