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Japan.co.jp Hardhat Required · 1991–2026
一次資料アーカイブ BBS → PPP → Web Second Opening: AI(2026) 「Japan.co.jpはどう生まれたか」

Japan.co.jp: Hardhat Required

ここは「懐かしさ」を飾るためのページではありません。
1200baudのモデム、DOSのBBS、Sun MicrosystemsのPPP基盤—— その制約の中で、“情報を検索できる”ということがどれほど強力だったか。 日本のインターネット草創期(1991–2026)を、一次資料と物語で、読み物として立ち上げ直します。

このサイトが答えたい問い
「どうして一人の“ガイジン”が Japan.co.jp を持つことになったのか?」
そして——「草創期の日本で、情報インフラを“作る側”に回るとはどういうことだったのか?」

冒頭の数ページ(要約)

1991年。まずはBBSから始まりました。通信速度は遅く、回線は高く、端末も限られていました。 それでも「読みたい」「探したい」「共有したい」という欲求は止められない。

1992年。新聞・雑誌・専門情報を“束ねて”、一括で検索できる形にする—— そのために Metabook を作り、フロッピーディスクで配布しました。 たとえば『The Japan Times』の2週間分を収録し、検索で掘れる。
情報が「読むもの」から「掘るもの」に変わる瞬間です。

1993年前後、デスクトップPCへの広告展開は大きな転換点でした。 そして1995年、PPP(本格的なインターネット接続)の時代へ。 東京・横浜・大阪の3拠点に加え、全国展開へと進みます。

このサイトの構造(読みやすさ重視)

文章を“長大な一枚”にせず、短い章引用可能な資料ページに分割し、 年表でつなぎます。スマホでも「続きが気になる」テンポで進めます。

読者へのメッセージ
このプロジェクトは、日本の消費者、起業家、エンジニアの皆様に捧げます。
止まらないでください。前へ。——頑張ってください。
「Hardhat Required」――現場にはヘルメットが要る。
でも、冗談めかして言うなら、私は“頭が固い”方が取り柄だった。
(転んでも、もう一度組み立てる。そういう話です。)

このサイトが扱う3つの時代

読み物としても、資料集としても追えるように整理しています。

I. 1991–1993 BBSの時代(回線・端末・制約) II. 1995 PPPの時代(本格ISP、拠点と全国展開) III. 2026 Second Opening(AIで“再び作れる”)

個人の基盤(裏側)

技術の話は、人の話と分けられません。家族、仲間、そして「情報が命綱になる瞬間」。 その層は別ページにまとめています。

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