第1章:1991–1993|BBSと検索(1200 baud / DOS)
Web以前。日本の「商用インターネット史」は、まず回線と運用と検索から始まります。 1200baudの世界では、速さの正義は存在しません。あるのは、丁寧な設計と継続です。
「“情報を集める”だけでは意味がない。見つけられる状態にすることが価値になる。」
—— Web以前の現場で、必然として生まれた思想
1200baudでは、画面遷移も、検索も、アップロードも、すべてが“重い”。だからこそ、情報構造が勝負になる。
企業・団体ごとの“部屋”を持ち、そこに情報が集まり、議論が起き、日々更新される。コミュニティが媒体だった。
ニュースや各種情報が毎日アップロードされる。これは「コンテンツ」ではなく「インフラ」に近い仕事だった。
情報量が増えるほど、検索がないと使えない。後のMetabookにつながる「束ねて検索する」発想が成立する。
American Chamber of Commerce / British Chamber / FCCJ / EU Japan Centre …。複数の“部屋”が同居すると、 BBSは単なる掲示板ではなく、職業人の都市のようになる。
以下の媒体が日次でアップロードされ、検索・閲覧の対象となる(本サイトでは、順次、一次資料で裏打ちしていく)。
- The Japan Times
- The Asahi Evening News
- The Daily Yomiuri
- The Mainichi Daily News
- The Nikkei Business Weekly
- Digitized Information(日次翻訳)
- Japan Auto Abstracts
- The Vietnam Investment Review
1993年のACCJ誌面では、Metabookが「検索・検索結果・再利用」の価値を前面に出して語られます。 Web以前にすでに「検索が媒体を変える」ことが言語化されている点が、この章の核心です。
1200baudの世界が「情報都市」だとすると、PPPは「高速道路の入口」。 料金表と接続形態が紙面に残り、歴史が“数字”として読めるようになる。